軽音楽部の先輩たちと演奏するための曲を作っている。画用紙に鉛筆で様々な種類の食虫植物とデスクトップパソコンの使い方を書き、水彩絵具を思いっきり滲ませるようにして曲を描いている。植物の茎と葉の部分には色を塗らない。デスクトップパソコンは真っ赤に塗る。演奏にあたり、コンテナ車の荷台の空いている所に大勢の大学生が詰め込まれた。その中に僕もいて、みんな飲み水を持参していた。昔僕がお世話になった先輩は飲み水を持ってくるのを忘れ、役員の男から水が入った袋をもらって笑っていた。太って禿げたスペイン風の男が親しげな笑顔でこちらを見ている。少し目を離した隙に男はいなくなり、5才くらいの金髪の少女が何かの写真を見せようとしていた。ディファレントトレインズの冒頭が鳴り響く。今から演奏する曲はフランス革命と第二次世界大戦についての曲でなければならないので僕はこの曲が演奏できたら先輩たちとはしばらく会えないという事にした。それは少し寂しいことであったが、同席した吹奏楽部の女の子の話を聞いていると、まるで卒業式に参加するかのように、みんななんとなく気がついていることのようだった。

「木彗とか吹っ飛ばす」(もくせいとかぶっとばす)というタイトルのフリーで配布されているアダルトゲームが素晴らしいという話だ。僕はその事を駅からジャスコに向かうバスの中で考えていた。ここの駅にもジャスコはあるが、少し手間のかかる遠くの方のジャスコの方が素晴らしいという考えがあり、いつもこの遠くの方のジャスコ行きのシャトルバスは混雑する。しかし、乗車して30分は経つだろうというのにバスは未だ走らない。仕方ないので僕は前述したアダルトゲームの事を考えている。このゲーム、絵はお世辞にも上手いとは言えない。テキストもタイトルから察せられる通り、独りよがりで辻褄の合わない描写ばかりである。性行為の描写についての評判は聞かない。しかし、これらの歪さが個人制作フリーソフト特有の強烈な世界観を形成しているらしい。なぜ僕がこんな事を考えているのかというと、この走り出さないバスを延々と待つというのが「木彗とか吹っ飛ばす」の冒頭に当たるからである。僕は僕の視点でバスの向かいの席の老婆を眺めながら、現状を俯瞰的に見て、これがそのゲームの冒頭なのだなと気づいていた。そんな事を考えていたらバスの乗客の大半が急いでバスを降りている事に気づいた。バスの外に目をやると向かいのバス停にバスが来ており、そのバスはすぐにジャスコに向かって発車するらしかった。僕は、今から走っても、あの満席のバスには乗れないだろうと諦めて、さも動じていないかのように座り続けた。バスはほぼ空となり、僕と数名の老人くらいしか乗っていない。バスは未だ乗車ドアを開けたままで、発車する気配はない。



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